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風俗からこども食堂へ 貧困の連鎖を断ち切ろうと苦闘する夫婦
2017/02/01 12:08
マキ(34歳)がユウジ(45歳)に出会ったのは21歳。2人が生まれ育った宮崎市内の風俗街でだった。

マキは働いていた飲み屋で知り合ったパチンコ依存症の夫と別れたところ。ユウジは日中ビルメンテナンスの会社を経営しながら、夜はデリヘル業(デリバリーヘルスという業種の風俗店)に携わっていた。ユウジもこの時点でバツ2だった。

2人は結婚。デリヘルやSM店経営の後、本業のビルメン経営の傍らで、一般社団法人「日本プレミアム能力開発協会」という団体を立ち上げ、その事業の一環で、2015年1月に「プレミアム親子食堂」を立ち上げる。これが、宮崎県内のこども食堂の先駆けとなった。

風俗業の経営から、法人立ち上げを経て、こども食堂へ。2人の軌跡はいかにもアヤシゲで、眉をひそめる人もいるかもしれない。

しかし、この2人のストーリーを、貧困の中で育った者たちが貧困の連鎖を断ち切ろうとしてきた苦闘のストーリーとして見ると、見える景色はまた変わってくる。しばし2人のストーリーに耳を傾けてみたい。

マキが物心ついたとき、すでに母はいなかった。

母は、自分を産んですぐに逃げた。パチンコ依存症の父を嫌ってだったのかもしれない。両親の離婚の原因は今でも知らない。

父のパチンコ依存は救いがたいものがあり、マキの小さいころの思い出と言えば、パチンコ屋の長イスの上だった。

夜の9時までパチンコ屋にいて、家に帰れば借金の取り立てが待っていた。

父はすぐに逃げられるように夜勤のタクシーで働いていた。

父が不在の中、マキと姉は取り立てをおそれて押入れの中で息をひそめていた。

父はパチンコに負けると不機嫌になった。酒を飲み、マキたちを口汚く罵った。食事中、咳をしただけで食事をぶちまけられたこともあった。

そんな父を嫌い、4つ上の姉はマキが小学校6年生のときに家を出ていった。
マキ自身は「ふつう」だったが、中学2年から歯車が狂い始める。

キッカケは部活の陸上で使うスパイクが必要になったことだった。陸上でよい成績を収めれば高校推薦が見えてくると先生に言われ、どうしてもスパイクが欲しかった。

マキは家の経済状況をよく理解していたが、勉強の苦手な自分にとってスパイクが未来への切符だと考えたマキは、意を決して、父に土下座してスパイクを買ってくれるよう頼んだ。

「誰かに教わったわけではないが、そういうときは土下座するもんだと思っていた」とマキは笑う。

しかし、父は買ってくれなかった。

そのころから、家出を繰り返すようになる。

学校にもあまり行かなくなり、そのまま卒業。

自宅がイヤでたまらず、彼氏と一緒に橋の下で寝泊まりしたり、女友達の家に長期で泊まりながら地元でアルバイトをしていた。しかしそれも限界となり、当時の彼氏の父親を頼って、埼玉の川口へ行く。飲み屋でアルバイトを始めた。

父のことは嫌で仕方なかったが、それでも同居の祖母とは連絡をとっていた。その祖母から「父がうつ病になった」と告げられ、17歳で再び宮崎に帰る。

祖母は、風俗街でヤクザの「2号さん(愛人)」を集めた飲み屋を経営していた。厳しい人で「女も一人で生きていくしかないんだ」とマキに説いた。中卒の17歳娘は、結局宮崎でも飲み屋で働くようになる。

その後、飲み屋で知り合った相手と結婚。18歳で妊娠し19歳で母となるが、父と同じくパチンコ依存症の夫に愛想をつかして、出産4〜5ヶ月後に離婚。子どもは自分で引き取り、マキは再び働きに出る。

今度は風俗だった。

19歳から風俗で働いていたマキがユウジに出会うのは21歳。ユウジは当時32歳。ユウジはマキに「風俗から抜けさせたい」と話した。

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